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2009年3月

咲くさくら 散るさくら☆出会いと別れ・・・ベルの作品 花の手書き絵 パート25

ジッリリリーン! 朝早く電話のベルが鳴り響いた。まだ夢の中だった私は飛び起きた。大好きだった天草の 主人のおじさんが 永眠されたという知らせ・・。実の姉弟は2人きりになっていた義母にどう伝えようか・・。1か月前にお見舞いに一緒に連れて行き 面会できていた事がせめてもの救い。もうだいぶん暖かくなったので 又逢いに行こうねと計画していた矢先の訃報・・。言葉もない・・・。

急ぎ駆けつけたい心を抑え しばらく留守にする事を覚悟して話し合う。主人も 去年ご縁を頂き1年間係わって楽しみにしていた子供達の卒園式を諦める。そして こちらでするべき事の確認と忘れてはいけない事をメモに取る。たくさんあった。ひとつひとつ出来たことを消していき全部用意が出来た時は昼2時を過ぎていた。おばあちゃんを支えて主人の自動車に乗り込み 1時間ほど過ぎたころ朝からなにも口にしてない事に気づいた。コンビニで買ったパンとコーヒーを流し込み 渋滞ぎみの道路にあせる。隣の町に住む義姉のところに着いたのが6時半。7時から御通夜に駆けつける。

きれいにしっかりと飾られた祭壇の中央に にっこりとほほ笑むおじさんの顔があった。いつも優しく笑って小さい声で人を褒めてくれる人でした。ご縁を頂いたのは 私が結婚した39年まえ。それからいつも変わらず にこにこと笑顔で逢ってくださいました。10年前の写真だそう。今の写真もロマンスグレイで素敵だけれど 若いころ相当なハンサムで30年前初めて遊びに行った時 若い頃の写真を見せてもらったら映画俳優のようでした。そのころ流行ったマドロス姿で 光輝いていた憧れのおじさん。

「先生、出会いがあって別れがあるって本当だね。・・・」これは 私の長男が4年生の時の先生との交換日誌の書き出しの一文。その息子も今38歳。去年暮 天草に御先祖様のお墓参りで訪れた時 おじさんは元気でいつもの穏やかな表情で迎えてくれてたくさんの野菜を貰ったって寄ってくれて「良かったね。」と話したのはつい3ヶ月前。あの文章を盗み読みした時は 生まれてまだ10年しか経験していないのになんてませた事を!と吹き出したのに ほんとにそうだねと今思う。 80歳まで現役の船長さんをして引退した後 野菜作りに精を出し たくさんの野菜や高菜の漬物たくあんなどを 樽ごと送って下さいましたね。「さようなら おじさん。頑張りましたね。ゆっくり休んでください。たくさんのやさしさを有難うございました。」

御通夜 ご葬儀 見送りと3日後に帰途についた。帰る道々山の中や島々 道や堤防のわきに咲き誇る満開の桜をぼんやりと見ていた。行く時も咲いていたのでしょうが気にも止めなかった。桜が大大大好きで あちこちの桜を眺めては感激する私が その時は哀しみ色のまっしろいさくらに見えた。Photo往年の名歌手 三波春夫さんも桜を待って待って待ち焦がれて逝かれたのだそう・・・。  その時の辞世の句     「逝く空に 桜の花が あれば佳し」

仕事を辞めた今年こそいっぱい桜を描くぞ!と張り切って道の駅で買ってきた かたい蕾のついた桜の幹が 満開になって玄関前に咲いていた。リビングでは グラスに挿した桜の小枝から はらはらと花びらが台の上にこぼれていた。あっという間の3日間の長さを ひしひしと感じた。

048 数年前に描いた 桜の花のタペストリー

     (絹 仕上げは手製)

  かっては娘の部屋だった空き部屋に見  上げるように下げています。

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土筆☆懐かし 美味し 思い出・・・ベルの母の作品 パート2

今日 タマちゃんさんのブログは 「土筆」のスケッチでした。可愛いぃ~そして懐かしい~。土筆摘みをしなくなって もう何年いえ何十年たったのだろう?

私たちの小さい頃 春は土筆摘みではじまりました。まだ寒い時期に 竹で編んだ花籠を自転車にたくさんつんで おじさんがやって来ていました。赤い色を付けた竹を交互に入れて 編んであります。私たちは それを「べんかがり」と呼んでいました。

花籠をいっぱいつんだおじさんの自転車を見ると 「べんかがり 買って買って。」と母親にせがみました。でも 簡単に買ってはくれず 「まだ 去年のがしっかりしてるやんね。」と言われてしまいます。そんなに高くはなかったと思うのに 節約は金 の時代でした。

仕方無く 古い色褪せたべんかがりを持って 近所の川の堤防や土筆のいっぱいたつ秘密の場所へ 毎日出かけました。夜は 目をつむると 土筆の映像がちらちらしました。夢の中でも 土筆採りをしているところを観ました。子供ですから 採り散らかしては又 摘みに出かけました。中学生になるころ 土筆摘みは忘れてしまいました。

二十歳すぎてすぐ 見合い結婚して子供が生まれ おかあさんになりました。3月はじめのまだ寒い日 私は赤ちゃんをねんねこ半纏でおんぶして あやしていました。近くにある小さい川の土手で 土筆を見つけました。てのひらいっぱいほどの土筆を摘み 帰ってハカマを取り 卵とじ を作りました。所帯を持ったというのは こういう事か と感じました。

義父や義母は 「土筆って たべらるっとね?」と不思議がりました。義父母の育った里では 食べる習慣が無かったそうです。土地土地によって いろんな習慣の違いがありますね。

今では 菜の花咲き乱れ土筆がいっぱい生えていた川の堤防は ゴルフ場になり きれいに刈り込まれた芝生が生えています。麦ばたけで 青々としていた田圃が 手入れする人がいないので 荒れ放題で 背丈ほどもあるアワダチソウが立ち枯れています。

今朝 「土筆をいっぱい摘んで ハカマを取ってしまったので ゆがいておこうか?」 と 実家の母から 電話がありました。「ありがとう。お言葉に甘えまーす。」 枯草ぼうぼうの近所の田圃から たくさん出ているそう、、、。「時代は変わったなぁ~。」と 実感しました。

お昼から 貰いに行き聞けば 夜11時までハカマを取ったのだそう。 大変だったね。おかげさまで 今日の夕食の一品になりました。今では 主人も義母も 「美味い 美味い。」と言ってくれます。 ほんとうにおいしかった。 ごちそうさま・・・。

Photo 母が昔 一生懸命作っていたのに 「もう整理せなんいかんけん燃やす。友達も 燃やしたげな。」と言ったので あわててもらってきた 大小さまざまの糸てまり。

こちらでは お雛様のさげもん に使います。友人とかに話すと 欲しい人がわんさか。助けられて良かった。

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富士登山☆成功?失敗?・・・ベルの作品 花の手書き絵パート24 

今日 Watamiさんのブログは きれいな富士山の写真が登場していました。感激!富士山大好き人間なのです。山中湖や河口湖からの眺めもふんだんに載せてあります。しばらく うっとりと眺めていましたら 忘れていた出来事を思い出しました。

十数年前 私たち夫婦は かねてから念願の富士登山旅行を思い立ち あるツアーに参加しました。名古屋空港からバスで 富士山5合目の富士吉田に着き 夕方5時から登山開始。シトシト雨が降っていました。その中を 亀さんのようにのろのろ ゆっくりゆっくり ガイドさんの指示に従って登るのです。なんでも高山病の予防で 少しづつ気圧がうすくなっていくので 頭痛防止の為らしいのですが、、。

当時 私たち二人は 毎日のようにジョギングをしており フルマラソンを何度も経験し体力には自信があったので このゆるゆる登山にいささか閉口していました。それでも我慢してついて行き 8合目に着いたのが夜11時。山小屋でカレーを頂き 2時まで仮眠です。登山服もそのままに 交互に寝かされ 上から布団を掛けられます。普段の生活では 考えられない事です。右隣は他人 左隣は主人がさかさまに寝ています。主人は 私が履いたままの濡れた靴下を しっかり両手で温めてくれました。

ギュウギュウ詰め状態で 寝返りもされず 当然寝られるわけもなく やっとウトウトとしかけた頃 起こされ再び懐中電灯片手に登山道へ。ぞくぞくと頂上めがけて登っていく風景は 圧巻。あの狭い頂上からぽろぽろ人がこぼれているのでは、、と 心配したほど。頂上でしばらく待ったあとのご来光の素晴らしかった事! やっと念願の富士山に登れる事が出来た! 私たちは興奮していました。

下山は自由行動との知らせに 私たち夫婦は解き放たれた犬のように 山道を駆け下りました。あの日本一過酷といわれる 憧れの富士登山駅伝を連想しながら、ザッザッザッと足も軽く 下りていったのです。何時間もかかったのでしょうが、気持ちとしては あっという間に着きました。静岡県側の御殿場に、、、。気が付いた時は すでに遅し、、、。富士吉田に行こうにも もう一回登って下るか、下まで下って上るにも 丸一日かかるとの事。えぇーっ!

同じバスツアーの皆様を待たせる!迷惑をかける!私たちの心は凍り付きました。でも思ったより早く ガイドさんとの連絡が就き 夕方までに宿泊地の石和温泉で待つとの事。ホッと胸をなでおろしましたが、 それからが大変。バスに乗って電車に乗り代えて 尋ね尋ねして又バスに乗って・・・。ツアーのみなさんが、おいしい物を食べて観光し終えて 温泉に入っていられる頃 やっとの思いで辿り着いたのはいうまでもありません。この事件で 私たちの浅はかな行動と 富士山の雄大さを思い知らされたのでした。

この懐かしい中にも 苦い記憶に残った富士登山。成功したの?失敗したの? 未だに 自分に問いかけています。あまり有頂天になると どこかに落とし穴があるという事を肝に銘じて 行動するよう教えられた一件でした。 再度挑戦を!とは 思うのですが 今は家庭の事情で無理な事を考えると あのハプニングも強烈な思い出として心に残るのでは・・。

Photo  日本水仙の花 (紬の布地 額装丁)

      ゴワゴワした紬は 非常に描きにくか  ったのですが、その分素朴な感じが出  たように思います。

   花言葉

      思い出 記念

     

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シャンソンー哀しみの終りにー・・・ベルの作品 花の手書き絵 パート23

2月が あっという間に過ぎ去って 3月になりました。いよいよ 15日はシャンソン発表会の日です。それで明日は ピアノの先生との音あわせです。ぴったりと合うだろうかと ドキドキしています。シャンソンという 歌のお誘いを受けて10年以上経ちましたが いまだに舞台に立って歌う時は 揚がってしまって歌詞を間違わないように うたうのが精一杯で 表情や身振り手振りを付けることは まだまだ難しいのが現状です。それでも今回の歌は ドラマティックな歌で 想いもしなかった哀しみから立ち直ろうと決心する歌詞ですので 少しでも観客の皆様にお伝えできたらいいなぁ と思っています。一足お先に 私のブログでご披露いたします。皆様 応援して下さい。・・・それではお聞きください。

       -哀しみの 終りにー

  想いもかけぬ 洪水のまえに 家も庭も 

  ひとたまりもなく 流された今 何も無い・・

  つつがなく 暮らしていた 愛の家も

  一夜のうちに 水と風に 奪われた・・

  丘の上にたち 腕の中で 息をころし

  見つめたまま もう住めない 生きてゆけないと

   泣く私に・・

  隣の街には 仲間がいる だからきっと 誰かが

  援けにくるから 泣かないでと あなたはいう・・

  私は知っている 私等のように なにもかにも

  無くした後で 立ち直った 人達を・・

  あなたといると 恐くはないわ いつかきっと

  ここよりもっと きれいなとこを 見つけましょう・・

  丘の上にたち 腕の中で 息をころし

  みつめたまま もう住めない 生きてゆけないと

   泣く私に・・

  隣の街には 仲間がいる だからきっと 誰かが

  援けに来るから 泣かないでと あなたはいう・・

  やり直しましょう はじめから あなたにはまだ

  心がある腕がある 建て直しましょう 二人の家を・・

  もう泣かない 今日の日から あなたと二人

  やり直しましょう はじめから 建て直しましょう 

   二人の家を・・   二人の家を・・・

どうだったでしょうか? 少しでもこの歌の雰囲気を伝えられましたでしょうか?  それは・・ 謎ですね。

Photo_2 真っ白の綿のエプロン に描いた薔薇の花

 花ことば

  私はあなたに ふさわしい

    

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もうすぐだね♡楽しみ楽しみ・・・ベルのお嫁さんの作品 パート1

022_2 「お雛様飾りましたよ。 観にいらっしゃいませんか?。」と、隣県に住むお嫁さんと孫からうれしい誘いの電話が、、。 今年は幼稚園入園の記念すべき年。 そこで ぽかぽか日和の日曜日 お祝いに行くことにしました。家から 車で高速使って2時間半。二人の曾おばあちゃんも一緒です。みんな ウキウキです。お正月には来てくれたのですが その後風邪をひいてしまって来られなかったので 久しぶりのご対面です。

着いたら にこにこ笑顔で出迎えてくれました。ちょっと逢わないうちに おねえちゃんになった事!。お雛様の飾ってある和室でしばし歓談。お雛様の横には お嫁さん手作りの‘さげもん’が、、、。「素敵!」というと 「小さいんですが 苦労しました。」との返事。我が子の成長を願って 一生懸命作ってくれたのでしょう。 

お昼御飯は きれいなちらし寿司を作ってくれていました。「おいしい おいしい」と みんなで食べたあと 休憩時間。お日さまさんさんと降りそそぐ居間で おばあちゃん達は 日向ぼっこをしながら写真観賞。主人は帰りの運転に備えて しばし休息。

「おばあちゃん かくれんぼしようよ。」 との誘いに すぐ乗る私。お風呂場や押し入れ 玄関横のもの置き 2階の子供部屋やベランダ 寝室のベッドの下 トイレ クローゼットの中 新築されたばかりの家は隠れるところがいっぱい。孫も私が驚くくらい根気強く探してくれる。私も負けじとわからないふりして 探し回ってもじっとして動かない。「見ぃつけた。」「みつかっちゃったぁ~。」 と言って二人でキャキャ笑い合う。ずいぶん長い時間 楽しんだ。

幼稚園の制服とカバンと手作りバッグを見せてもらった。可愛いこと!。丁寧に刺繍とアップリケで飾られている。中には 可愛いお気に入りのハンカチがたくさん。「おかあさんに作ってもらったの。」「良かったねぇ。 あーちゃんもうすぐようちえんだね。うれしい?」と尋ねると 大きな声で「うんっ。」 楽しみ楽しみだね。

今日 近くに住む娘に 幼稚園バッグの写真見せたら 「すごぉーい。」 と絶句。「おかあさんも 私が幼稚園や小学校入学の時 戸塚刺繍を刺したバックをたくさん作ってくれたね。あの頃は 洋服縫ってくれたり髪を切ってくれたりしてもらっていることは当たり前と思っていたんだけれど、母親になった今 それってすごいことだったんだ!って思うよ。」と言ってくれた。あとから じわじわ言葉が沁みてきた。 そう言ってくれて ありがとう。

Photo Photo_2

Photo_4 Photo_5

幼稚園バック6点と 中身は牛乳パックで作ったという台座です。(5面にアップリケが してありました!)

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