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2009年9月

充実の40代☆楽しんで頑張りました。・・・ベルの証拠写真 初スキャンパート1

「おーい こんなものを見つけたよ!。」10年前まで住んでいた家の管理と庭の剪定に行っていた主人の手の中にあったもの。それは「写真」。「へぇ~ 懐かしい。」と私。そこには ランニングシャツと短パン姿の若々しい二人の写真がどっさり。今は孫の写真であふれている我が家だが 当時は子供たちも学生時代。写真を嫌がる年代だったなぁ~。

それは20年くらい前。37歳から仕事を始めたのでそれまで続けていたママさんバレーやジャズダンスが出来なくなり運動不足をひしひしと感じていた時 「ジョギングなら一人で楽しく運動できるよ。」と妹からの勧め。そのころの妹は30代マラソン人生絶好調で 大阪名古屋東京と国際マラソンの常連。近場のマラソン大会では優勝や入賞も度々の人。「ただ走るのはつまらないし 絶対いや!。」と断っていた私。

再三の勧めにしぶしぶ走り始めたら これが楽しい楽しい。自分の足でどこまでも行ける爽快感にしびれてしまった。その頃過激だった仕事の疲れも吹っ飛んだ。汗を流すって気持ちいぃ~。妹や走り仲間の適切なアドバイスに助けられ 3ヶ月後に12キロのマラソン大会 5か月後にフルマラソンを完走していました。以前から少しずつ走っていた主人も巻き込んで フルマラソン完走。やり遂げた充実感に手を取り合って喜んだものです。

早朝ひとっ走り 夕飯後にひとっ走り ひと月の走行距離350キロ たくさんのマラソン大会に出場してメダルを貰ったこともありました。1年に2,3回はフルマラソンを完走し 今は「マスターズ陸上」と呼ばれる「ベテランズ陸上 第10回宮崎大会」にも日本代表として出場して完走しました。まぁ 日本代表といっても資格は40歳以上だけなんだけど・・。家から高良大社経由で耳納連山30キロ縦走したり 山鹿温泉まで国道3号線を47キロ走ったり 甘木山まで桜を眺めに行ったり 北野にコスモスを見に行ったり 夜大善寺まで鬼夜を観に行ったり 頼れる移動手段は足でした。 今から考えるとよく楽しんだなぁ~頑張っていたなぁ~と思う40代です。

試験勉強を機に走らなくなり 又運動不足を気にして水泳をするようになりました。そうだっ。今日は そのマラソンを勧めてくれた妹の誕生日!。今ではマラソンを卒業して卓球に打ち込んでいる。おめでとう!。いままではマラソンシューズをプレゼントしていたけど 卓球シューズというのもあるのかな? 

Photo 主人が持って帰った写真の中の一枚

 聖火の前で フルマラソン完走後に。

 1993年10月17日とあります。

 孫たちに証拠写真として見せましたが  「へぇ~。」という反応だけでした。

 初めて古い写真をスキャンしてみました。

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シルバーウィーク☆木村翁 恐れ入りました・・・ベルの作品 花の手書き絵パート40

今年の9月のカレンダー いつもと違う。びっくり!。たくさん並んだ赤いしるし 5連休。敬老の日 秋分の日は解るけれども この22日は何?。あぁ~そうか。ハッピーマンデー制度と国民の休日制度のなせる技。秋の大型連休。シルバーウィークと呼ぶそう。なぜ シルバー?。敬老の日が入っているから?。

以前は 日本の映画界が11月下旬の勤労感謝の日前後を 春のゴールデンウィークに対してシルバーウィークと称していたんだとか。しかしほとんど浸透しないで今に至り 今回の大型連休の呼称となった様である。春のGWよりも 今回のSWの方が海外旅行が多かったとか ETC搭載車1000円の効果で高速道路の半端ない混み方も連日報道されている。

しかし 高齢のおばあちゃんと暮らす我が家の日常は平日と同じ。加えて 人と車がごったがえすところが一番嫌いな主人に慣れて 連休中に出かけるなんてもっての外プランを練ること自体も忘れました。

「敬老の日」 今年100歳を迎えるお方は日本だけでも 4万人を超えるという。その中で 男性ナンバーワンの木村次郎右衛門さん。御年112歳!。テレビに映し出される映像のなんと若々しい事。幼い時は体が弱かったそうで 「よーく噛むんですよ。」というお母さんの言い付けを守って 今に至るそう。「今でも ほっぺたにしわがないでしょ。」と自慢された。

やさしい笑顔とさっそうとした姿。一目ぼれしました。そして心に念じ続けて自然に口からほとばしる珠玉の名言。「食細く 命長かれ。」 「苦にするな 嵐の後に日和あり。」 「思う事 思うがままにならぬのが かえりて己が身の為にこそ。」 「耳が遠くなる。目が悪くなる。やむを得ません。人の力では何もできません。その日その日をどうにか完全にと願い そして休みます。明日の事は考えません。」と言いきられた。

早朝 目覚め体操 毎日100回の空中自転車こぎ 2,3時間かかって2紙の新聞を読破し 政治やスポーツに興味を示されるという。なんという凄さ・・。恐れ入りました。テレビの調査では 長寿と住まいの広さは密接な関係があるという。広いほど長寿に恵まれるそう。それは 大家族に囲まれてくらすという事。理想ですよね。

Photo_2  そして今日は 「秋分の日」。お彼岸の中日にあたる。 今朝作った「おはぎ」を持って 三人揃っておじいちゃんとコロちゃんの眠るお墓にお参りに行きました。さぁ~て 今日こそ 一斉に咲きだした「彼岸花」を描きたいなぁ・・・。 (watamiさんのブログより 写真拝借致しました。)

Photo_3極楽鳥花(ストレリチア)の花のタペストリー (紬の白地 100%)

  茶色の麻生地に表装

  花ことば 万能 寛容 

130

極楽鳥花(ストレリチア)の花の額 (白の帯地 絹100%)

 白いマットに赤筋入り

 南アフリカ原産 明治初期に渡来

 別名 風鳥

写真のうえを クリック頂くと 少し大きくなります。 

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人生の大先輩☆勉強になりました。・・・ベルの作品 花の手書き絵パート39

今日は おばあちゃんのデイサービスの日。おばあちゃん曰く 「うち(私)の学校たい。」 お迎えの車がきて にこにこと手を振って出かけて行った。ずいぶん物忘れは進んだものの まだ行動は見守りだけで済んでいるので 助かっている。91歳と8か月 デイサービス所の中では一番の高齢だそう。私はこの義母と実母と叔母を 「3人のスーパーおばあちゃん」と呼んでいる。

いつもの月曜日なら謡曲のお稽古日なのでバタバタ用意して電車に乗るため駅に向かうのだが 今日は先生の都合でお休み。ゆっくりと朝食の後片付けをしながら テレビのワイドショーを聞いて(?)いた。8月30日の総選挙で民主党が大勝し 自民党が大敗した。以来毎日毎日 内閣の人事や自民党の総裁は誰か 高速道路の無料化子供手当の実施は実現するのか 誰が得して誰が損するか などなど・・・。果ては鳩山さんが今日は何食べた 今日のネクタイは? などと大きなお世話と言いたいことが繰り広げられている。のりピーの覚醒剤事件とならんで もううんざりといった報道もたくさん。

しかし 今日の画面に映し出されたお方は 御年90歳 白髪をふっくら束ねきりっとした着物姿の女性。園田天光光さん。「今度誕生した「小沢ガールズ」たちに申し上げたい。容姿やスタイルではありません。政治家として何をしたいかです。」と きっぱり。思わず 手を止めて見入った。

天光光。不思議な名前は 政治好きな父親が明治維新の志士のような革命家になってほしいとの願いが込められているそう。戦後 最年少で初の女性衆議院議員になり女性進出と世界平和の為に尽力されてこられたという。「平和は政治では実現できない。文化活動でこそ。」と90歳超えられた今でも 数多くの団体の役員を務められているという。ほんとにほんとに スーパーヘビー級チャンピオンおばあちゃん だよね。びっくり。

今回の選挙でも多くの自民党候補の応援演説に駆け回りながらも 「自民党は潔く下野しなさい。」と手厳しかったとか。「私はいいことしか覚えていない。人を見る時は長所だけを見る。そうすると楽。」「気力が最初。女は前に進むのが道。ここを突破しなくてはという その時その時の気力を重ねていくうち 胆力になる。」つまり 肝が据わっていくのだろうと 思った。

聞いていく中で 私が一番心に残った言葉・・・ それは 議員時代党の垣根を乗り越え 当時民主党の青年代議士であった園田直氏(のちの外務大臣)と恋に落ち 父が一家心中してでもと反対したのを押し切って駆け落ち同棲出産 その直後結婚2回目 子供二人と思っていた園田氏のうそがばれ 本当は結婚3回目 子供5人だったことが判った時の 天光光さんの開き直りとも思える言葉だった。

そんな人を好きになったのは自分 この道を選んだのはこの自分に他ならない。政治家の道を諦めこの人をサポートしていこう・・・。 「我が心一つで苦にもなり楽にもなる。 地獄極楽は 我が心一つ。」 忘れないうちに慌てて書きとめた。

そうです。私たちはいつの時も 迷いながらも選びながら自分の道を歩いていって 一生を終えます。この言葉のように誰を責めるでもない 自分の責任で歩いていきたいと再確認した一日だった。

Photo 今 芙蓉の花が 真っ盛りですよね。綺麗なピンクの色と深い緑の葉がたまりません。大好きな花です。(男物紬地 絹100%)

少し大きめに描いて額に入れたいと 裏張りしました。これから印を入れて 絵にあうマットと額を選びます。

花言葉   繊細な美 富貴

Photo_2 上の絵はいづれお嫁にいってしまうので 手元にもおきたいともう一枚小さく芙蓉の花を描きました。一度描いたら次の花に心変わりする私にとって 珍しいことです。

幅広レースの付いたハンカチです。。(木綿 100%) 真っ白な生地ですので鮮やかになりました。地色は結構左右されます。

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試験勉強☆頑張りました。・・・ベルの作品 花の手書き絵パート38

今日 日テレで「第29回 高校生クイズ」が放映された。以前 子供と良く観ていた番組だったが 最近はすっかりご無沙汰気味。今回しっかりと観たが その難度の高さに驚くばかり。高校生クイズは、全国の現役高校生が知力と体力とチームワークを競い合う、毎年恒例の夏の一大イベント。準々決勝ともなると さすがに「クイズの甲子園」と言われるように 白熱して一歩も譲らない気迫が伝わってくる。負けた時のコメントも素晴らしい。この日の為にどれだけ頑張ってきた事だろう。感動を頂きました。

私の体験の中で 一番頑張った!と思うのはまだつい2年前 会社からAFPの資格を取るように言われた時の事。AFPとは 2級FP技能検定資格です。FPとは、資産設計などファイナンシャル・プランニングを作成する専門家です。この資格試験は パソコンで30ページに及ぶ提案書を作成しなければいけないし 合格した後2か月後に学科試験と実技試験を受けなければなりません。パソコンは 仕事で使っているとはいえ妹から借りてこわごわキーをたたくくらいの能力しか持たなかった私は苦労しました。

それに学科と実技の範囲ときたら ファイナンシャルプランニング基礎 金融資産運用設計 不動産運用設計 ライフプランニング・リタイヤメントプランニング リスクと保険 タックス(税金)プランニング 相続・事業承継設計 の7項目です。そのころ目一杯仕事していたし家庭のこともあって 60ちょい前の頭では無理無理!と避けていたのですが、、、。強制とあっては 覚悟しなければなりません。

「どうせ受けるなら 苦労は短く一発合格したい。」と観念した私は5月末の試験日に合わせて計画をたてました。昼間は仕事 夕方から9時過ぎまでは主婦業 10時から夜中2時まで勉強。お稽古等習い事は半年間の休みを貰い 土日は時間がとれるなら朝から一日中夜中まで 眠くなかったら明け方まで。12月から分厚い7冊の本を読み始め添付されてるビデオもみました。1月から提案書作成に取り掛かり 試験勉強も同時進行。やはり若い時と比べて忘れっほくなっている私の脳と格闘する事4か月。くり返しくり返しを心掛け 過去問の中のどの問題が解らないのかしつこいほど調べました。

「あぁ~試験が終わったら またお稽古始めて好きな事するぞ~。」と思っていましたが 終わってみると気になる所ばかり。「ちゃんと正確に書きこんだだろうか。一個ずつずれてはいないだろうか。あわてて勘違いしてはいないだろうか。」発表までの1か月と数日 何にも手が付きません。試験って性格が試されている事に気づかされます。発表の7月4日 恐る恐るパソコンに受験者番号入れてみたら「完全合格」の文字が、、、。ようやく解放されました。この時の全国合格率は21.76%。こんなに頑張ったのは今までで一番! 我ながらよくやったと思いました。思い返せば知識を得るって楽しいものですね。「これから毎日少しずつ復讐しよう。」って思ったのも束の間 ぜんぜん机に向いませんでした。

Photo 「ファイナンシャル・プランニング技能検定合格証書」「資格認定書」「ライセンスカード」を頂いて 半年目におばあちゃんの介護で早期退職を決意して辞職 資格を得てから2年経ちました。今日 日本FP協会に退会届と共に「ライセンスカード」を返しました。なぜって2年間のうちに研修や講習 テストなどで15単位とらなくてはなりません。それって無理!。それと年間会費12000円。これも私にとっては無駄!。仕事を辞めて見守り介護を決心した今 あの頑張った懐かしい思い出とちょっぴり頭に残ったであろう知識?を胸に 又いろんな事に頑張ります。(資格認定書を入れていた額に 虹いろに輝くエベレストの写真を入れて飾りました。この写真はエベレストに何回も奥さまと挑戦された姫野さんという方の奇跡の一枚です。)

Photo_2コスモスの花 (男物紬地に描く 絹100%)

  個展をした時 リクエスト頂いたもので   バックに緑のぼかしの入った麻の生地  を配してタペストリーを表装します。

花ことば  乙女のまごころ 愛情 たおやかさ

Photo_3 小さな どこにでも飾れる「コスモスの花の額」を作ってみました。

     白の紬地 絹100%

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