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2009年11月

のど自慢 その後☆秋の木の実 描いてみました・・・ベルの作品 花の手書き絵パート46

「NHKのど自慢」の予選会がもう一週間を切りました。ただいま わくわくドキドキの日々を楽しんでおります。ブログ友の皆さんから 励ましのお言葉やアドバイスをたくさん頂き 大変嬉しゅうございます。ありがとうございます。

その中で 花の手書きの服装で、、、という助言がありましたが、とてもとてもそんな勇気はなく もし万が一にも本番に出れたら・・・と空想して応援幕に花の絵を描くつもりで居りましたら、、、。

今日 北海道江別市ののど自慢が終わるやいなや 電話がありました。いつも歌の助言を頂いている姉からでした。「今 のど自慢観たよ。来週 あなたが出るかと思うとわくわくしてきた。それでも 40秒という短い時間に印象を残すのは難しいと思うよ。着るものも十分考えないと、、、。なんば着るとね。だめだめ そんな格好では普通じゃなかね。そうだ。シャツに花の絵描いたらどうね。人と違う格好しないと 目立たないよ。」との事。

無難なジャケットにロングスカートでと思っていた私の考えは この言葉で一蹴された。そうしようか、、、。そうときまれば 急いで描かなくては、、、。でも返って変なほうに目立ったらどうしょう・・・。ええい。ままよ。「なるようになれ」と 開きなおって今日から 描き始めて居ります。

前置きが長くなりました。今日はブログ友のkyomamaさんが紹介された 紫水晶のアケビと ザクロの木の実をアップいたします。紫水晶・・初めて見ました。こちらでは土色をした少し赤い実ならなっているのを見たことがあります。とってもステキな色で中の種部分がブルーなのだそうです。ザクロの実も画材にはとても絵になる事を教えて頂きました。

Photo 紫水晶のアケビの実(白地紬に描く 絹100%)。裏張りして 額に入れようと思います。名前は、実が熟して割れたさまが、人の「あくび」   に似ていることから「あけび」に変化していったといわれているそうです。また、実は熟してくるとぱっくり口をあけたように 裂けることから、「開け実」→「あけび」になった とも。

Photo_2 ザクロの実(白地紬 絹100%)。裏張りして 小ぶりの掛け軸(表装では茶掛けといいます)に仕立てたいと思います。「柘榴」の字を石に篆刻してこの絵に押そうと考えています。ざくろは種(たね)が多いことから、アジアでは昔から 子孫繁栄、豊穣のシンボルだったそうです。また、実を煎じた液でうがいをすると扁桃腺炎に効き、陰干しした花や実を煎じて飲むと下痢止めになるそうです。実に残る”帽子状”のガクの部分は冠に似て 王冠をいただく果物として権威の象徴にもなったそうです。

勉強になりました。

あんまり絵が小さいので 見ずらいですねぇ~。写真の上でクリック頂きますと 少し大きくなります。
 

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これは 夢か!☆憧れの のど自慢!・・・ベルの作品 花の手書き絵 パート45

先日 小さい時から憧れていた「NHKのど自慢」出場に応募した事は 書きましたよねぇ~。なんと ビックリ 「予選会のご案内」なるものが着きました。「えっ!エェ~~~。」こんな リアクション!。ホント ビックリ。どうしよう・・。がんばろう・・。揚がるだろうなぁ~~。やるしかない・・。

自分の実力なんて 自分自身がよ~く判っているつもり。高望みせず まわりのみんなに感謝して 歌で熱い思い伝えようと思う。歌います歌は 「249番 童神(ワラビガミ)」 一足お先にお聞きください。

    天からの恵み 受けてこの地球(ほし)に

    生まれたる我が子 祈り込め育て

    イラヨーヘイ イラヨーホイ

    イラヨー愛し(かなし) 思産子(うみなしぐぁ)

    泣くなよーやー ヘイヨーヘイヨー

    太陽(てぃだ)の光受けて

    ゆういりよーやー ヘイヨーヘイヨー

    健やかに 育て

    

    暑き夏の日は 涼風(すずかぜ)を送り

    寒き冬くれば この胸に抱いて

    イラヨーヘイ イラヨーホイ

    イラヨー 愛し(かなし) 思産子(うみなしぐぁ)

    泣くなよーやー ヘイヨーヘイヨー

    月の光浴びて

    ゆういりよーやー ヘイヨーヘイヨー

    健やかに 眠れ

    

    嵐吹きすさむ 渡るこの浮世

    母の祈り込め 永久(とわ)の花 咲かそ

    イラヨーヘイ イラヨーホイ

    イラヨー愛し(かなし) 思産子(うみなしぐぁ)

    泣くなよーやー ヘイヨーヘイヨー

    天の光受けて

    ゆういりよーやー ヘイヨーヘイヨー

    天高く 育て

沖縄の子守唄です。実際に歌えるのは 上から4行くらいまでで これからだっと思った瞬間 「アリガトウゴザイマシタ」と機械的な音声(天の声というそうです)が聞こえたら 即後ろの方にマイクを渡して笑顔で(ここがポイント。心ではきっと泣きそうになると思いますが・・)舞台から降りるのだそうです。厳しいですね。でも考えたら250組歌うのですから きっちり4時間半くらいかかります。係りの方は大変ですよねぇ~。御苦労さまです。今日は3番まで歌えてよかったぁ~。満足 満足。

精一杯頑張って 予選会の様子ご紹介したいと思います。

ばらの花のふくさ (白寿ちりめんの生地・絹100%・に描く。着物裏地付き。全部手製です。)

Photo Photo_3 Photo_4 Photo_5 お慶びの日に使ってもらいたいと思って 考案しました。

バラの花言葉 美 愛情

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愛しのコロちゃん☆再会できました・・・ベルの作品 花の手書き絵パート44

Photo 十数年前のある夜。私たち会社仲間4人でジョギングをしていました。すると 小さいほんと小さい生き物がチョコチョコと私たちのあとから就いてくるではありませんか。街燈の明かりで確認すると 生まれて1カ月くらいの子犬でした。もとのところに戻るように一生懸命連れて行きましたが しばらくするとまた就いてきて結局あの小さな体で3キロくらい走ってしまいました。どうやら捨てられたみたいなので 可愛そうに思い私だけが犬を飼ってなかったので 家に連れて帰りました。(コロ似の写真をネットで探しました。)

娘(当時 小学5年生)が大変喜んで 自分で責任もって世話するからというので飼う事になりました。とてもおとなしく 聞き分けの良い子で雑種だけれども 目のくりくりした可愛い女の子でした。でも体の様子がコロコロしていましたので 名前は「コロちゃん」とつけました。当時 ジョギングが毎日の日課だったため腰にひもをつけて 一緒に川の堤防を走りました。生まれつき走るのが好きだったのか 付き合っているうち走る事が好きになったのか解りませんが 外に出ると喜んで走りました。

20キロ30キロ走るのは朝飯前で 山頂のスカイラインで放すと私たちの2倍3倍走りました。ある時 ぱたっと倒れてしまって心配した事がありましたが お医者さんから走りすぎて貧血になっていると注意されました。私たちはひそかにわんこ界の増田明美と呼んでました。それほど走るのが大好きでした。娘も約束を忠実に守って お母さんがわりになって 良く可愛がりました。またコロちゃんもよくなついてくれました。でもご飯は私たちがやるのに お父さんへの従順さには驚いていました。仕事から帰ってきたお父さんの出迎え一番は いつも玄関で待ち構えるコロちゃんでした。ピタッと寄り添ってしばらく離れないのです。いつも先を越されて嫉妬したほどでした。だれが大黒柱か判るのだろうと思いました。

マンションに引っ越す事になって 実家にあずけることになりました。娘は悲しみましたが 同じ市内だし両親を看がてらいつも逢いにいけるので我慢しました。大好きなちくわを持っていっては散歩などしました。里の母もコロちゃんと散歩するのが楽しみになりました。ある時 実父が激しい黄疸になり ひどい病気という事が判りました。一度は手術をしたものの術後捗捗しくなく 短い存命期間を告げられました。家で看病しようという事になって 母と私たち姉妹と当時19歳で独身の娘が交代で寝泊まりしました。

一週間といわれた父の命も 2か月近く灯りつづけ最初のころは好きなあんこもちを食べたり歌をうたったりしました。12月末に亡くなりお通夜 お葬式 初七日 七日七日のお勤めをするのに私たちはコロちゃんがしっぽを振って喜ぶ姿をヘッドライトでチラッと確認するだけで そばによって声をかけてあげる余裕を無くしていました。寒い冬でしたが お客さんがお参りされるので いつもの玄関内ではなく物置のドアにつながれていました。

父の四十九日が過ぎたある寒い朝 電話のベルが鳴り響きました。「コロちゃんが亡くなったよ。」思いもかけない姉からの電話でした。まだ寝ていた娘を起こして告げると二人でどっと泣きました。当時仕事柄手が放せなくて1日休むと浦島太郎状態にあった私は 娘のバイトをやすんでもらって引き取りとお葬式を頼みました。娘は泣きながら ペット斎場をさがしてお葬式を済まして小さな骨壷を持って帰ってきました。寒かったので風邪をひいて肺炎などを起こしたのでしょう。おじいちゃんの後を追うように逝ってしまいました。10年の短い命でした。

私は ずぅーと コロちゃんと娘に心の中で謝りたいと思っていました。いかにおじいちゃんが大変だったとはいえ なぜ目をむけてやれなかったのか・・ そばによってなでてやらなかったのか 今ブログをするようになって可愛がられているワンちゃん達を見るにつけ すまなかったと思います。またいかに忙しかったとはいえ まだ二十歳もならない娘を一人で斎場に向かわせたのか 休もうと思えば休めたのではないのか? ごめんね。さみしくて心細い思いをさせたね。 自責の念をもって今毎日コロちゃんにお水をあげています。

Photo_2 今日 コロちゃんの分身が我が家にやってきました。ジョンママさんに作って頂いたコロちゃんのミニわんこです。とっても可愛いです。これから お出かけするときは 一緒に連れていくからね。それとも走っていかれて 私の方がおいてけぼりにされるかも・・・。

Photo_3 Photo_4 写真を残してなかったので モデルよろしくパシャパシャと何枚も写しました。

Photo_5 遺影がないため 描いたコロちゃんとツワブキの花の絵(紬の白生地 絹100%)

思い出し思い出し描きました。(まだ裏張りしていませんのでふわふわです。)

ツワブキの花ことば  謙譲 困難に傷つけられない

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のど自慢に・・冗談?うそぉ~☆いえ本気!まじめです・・・ベルの作品 花の手書きえパート43

筑後平野と筑紫次郎に囲まれた我が愛するこの街が 市制施行120周年市民会館開館40周年を記念して「NHKのど自慢」が開催される事を先日市報で知った。娘は無類の歌好きで学生時代はバンドのボーカルもしてたし 結婚して二人の息子を育てながら歌う事を忘れたことはない。「そうだ。出場を勧めてみよう!。」と 思い立った。

さっそく娘に電話したら「えぇ~冗談 私がぁ。人前で歌うのは苦手よ。お母さん出たらぁ~。市報を見た時から勧めようと思ってたんよ。」「えぇ~うそぉ~ 私がぁ~。」「本番の日はお母さんの誕生日だし良い記念になると思うよ。」「そうかなぁ~。歌えるだろうか?」「シャンソンで舞台に立ってるじゃん。」「教室のシャンソン発表会と全国ネットのNHKのど自慢は全然違うし・・・。」 さんざん迷った末 まじめに考え 決めた!。

「NHKのど自慢」 物心ついた時から 日曜のお昼といえばラジオから聞こえてくる「のど自慢」。時代がテレビに変わっても両親と一緒に観て聴いた。結婚してからも義父が大好きで 必ず「のど自慢」そのあと急いで「新婚さん いらっしゃい」にチャンネルを回すよう頼まれた。亡くなった今 主人がまったく同じコースで楽しむようになった。私も一緒にたくさんの人間ドラマを楽しんだ。私の生まれる2年前 昭和21年に「のど自慢素人音楽会」としてラジオに登場し 「のど自慢コンクール」は私と同じ 昭和23年に放送されたと知った。

今年は生まれて60年 還暦の年。挑戦の二文字を掲げていろんな事に挑戦してきた。去年仕事を退職してから 91歳の義母の介護と残った時間をやりくりしながらパソコン講座に通いブログ開設 花の絵の個展開催 篆刻や表装への挑戦 水泳(クロール)をうまく泳げるようになる事 など。締めくくりにのど自慢挑戦をしてみたい・・・一生の思い出として。

応募はがきを出してからドキドキしだした。落ち着かなくなった。あわててインターネットで「のど自慢」を検索。NHKのホームページや情報サイトで調べる。そうしたら予選に選ばれること自体が至難の技とか。1000通から2000通の出場希望のはがきから 250組選ばれて予選会が前日行われ見事本選に選ばれるのはたったの20組!。

予選に選ばれる事自体無理な様子。ほっとするやら・・せっかくなら予選会だけでも・・って思う心が交錯している今日この頃です。発表はまだ2週間以上も先のこと。幸運にも予選会の案内が着たら 十分楽しんで体験記を綴ります。だめだったら始めからなかった事と思い直して前進しましょう。

Photo ハイビスカスの花( 紬の白生地に描く 絹100%)

  花ことば  華やか 勇ましさ

Photo_2 深い紺色のぼかし染色の麻生地に表装しました。

下にブルーの貝がら風の飾りつき

Photo_3 ハイビスカスの花の絵の帽子

   バッグの中に丸めて入れても形の崩   れない縫製のしっかりした帽子

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